2011年03月17日

起きていないことに付いての不安

被災された方たちが避難所で肩を寄せ合い、

お互いをいたわり、物を分かちあっているのに

私の住んでいるところでは

物の買占めがひどい。

まだ起きていないこと

物がなくなるかもしれない

流通が止まるかもしれない

電気がつかないかもしれない

人体に影響のある放射能が飛んで切るかもしれない

そういうまだ起きてないことが

人を不安にさせるのだと言うことが

本当に良く分かった。

不安と言うのはまだ起きていないところにあるのね。



posted by 音花(おとはな) at 15:11| Comment(0) | 日記

2011年02月21日

与えられている

スピリチュアルの世界でよく「あなたが必要なものは全て与えられいます」って言いますけど、

これを言われると「えええええええええ?そんなことない」

「私にはあれも必要だし、あれも必要」

「なのに与えられてなんかいない」

と、不満を言いたくないですか?



私もそう思っていた時期がありましたが、

ちょっと考えてみると、、、

私が必要だと思っていたものは

欲しいものだったのですね。


「あれも欲しい、あれも欲しい」だったのです。

必要なものは全て与えられているという実感は未だ持ってありませんが、

必要なものはいつもあって当たり前すぎて気が付かないのでしょうね〜。きっと。



posted by 音花(おとはな) at 17:09| Comment(0) | 日記

2011年02月04日

復習

今ワークの2回目を香咲さんの冊子(聖なる関係@)でしているのですが

ワークの前の説明文に

「愛を受け入れる意志を持ち続けるには

こうして心を訓練していくしかない」と、

覚悟を決めてください。

(そして その次に)

本書のレッスンは、今後、繰り返し立ち戻って

くることになるでしょう。

と、あります。

今レッスンの56課

ワークの26から30までの復習に当たるのですが

レッスン51で復習に入ってから、

香咲さんの書かれていることは本当だ、

ここに書いてあることは心を訓練するのに必ず必要で

この後もきっと、またこのレッスンを繰り返すだろうと

私なりに確信してしまいました。


本気でやれよってことですね。

posted by 音花(おとはな) at 13:33| Comment(0) | ACIM

流れ

何か、ちょっと変化を感じるこのごろ。

今までなんとなく居こごち良くていたところから

出て行くのかな〜って思う。

今までの私だったら

ここにいたい。

ここにいよう。

そう思っただろうけど、

今は、流れに流されていってもいいかな〜と思う。

かっぱ流れ実行!
posted by 音花(おとはな) at 13:32| Comment(0) | 日記

2011年02月03日

大小

「奇跡に大小はない」ってコースに書いてあったよな。

同じように問題も、、、

あの人はこういう問題を抱えている。

あっちの人はこういう問題を。

私はこういう問題を抱えている。

と、思いがちだけど、

問題は一つなんだな〜と思う。

形を変えて見えているだけなんだよね。

だから目の前の人が抱えている問題は

自分の問題でもあるんじゃないかな。

ただ、それは「相手の問題」という特別なものでなく

「神から離れてしまった」と言う問題が

あれこれ形を変えて目の前に現れ

これは私の問題

これはあなたの問題と

分離を強調しているように思う。

「『神から離れてしまった』と思ってしまった」という単なる間違いを

それぞれ特別な問題のように見せているんだね。

posted by 音花(おとはな) at 13:31| Comment(0) | ACIM

2011年01月27日

三冊読んで

エックハルト・トールの著書を続けて三冊読んでみた。

☆世界で一番古くて大切なスピリチュアルの教え

☆さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる

☆ニューアース

これらの本に書かれていることはすごくコースに似ている。

でもコースとは違う。

それでも読む価値があると思う。

特にエゴに関してはこれでもかと書かれていて

自分で気が付かなかったエゴに気付かされ

日常的なことへの赦しが分かる。

またコースでは抽象的になりがちなことを具体例をあげてくれていたりするので

ああああああああああ、これってまさに私やん?ってこともある。

もしコースを読んでいなければこれはこれですばらしい教えだ思う。



posted by 音花(おとはな) at 16:09| Comment(0) | エックハルト・トール

2011年01月26日

ニューアースその2

人々が無意識に形への同一化を強化しようとするやり方がある。

充分に目覚めていれば、こういう無意識のパターンを自分自身の中に発見できるだろう。

自分がしたことを認めろと要求し、認めてもらえないと怒ったり、動転したりすること。

自分の問題や病気について語りあるいは騒ぎ立てて関心を引こうとすること。

聞かれもしないのに、また状況に変化を起こすことも出来ないのに、意見を述べること。

他者そのものよりも、その他者に自分がどう見られているかを気にすること、

つまり他者を自分のエゴの投影先、あるいは強化策として使うこと。

所有物や知識、容貌、地位、肉体的力などによって他者に感銘を与えようとすること。

何かあるいは誰かに対する怒りの反応によってエゴを一時的にふくらますこと。

ものごとを個人的に解釈して不機嫌になること。

心の中で、あるいは口に出して無駄な不満を並べて自分が正しくて

相手が間違っていると決め付けること。

注目されたい、重要人物だと思われたいと考えること。

こういうパターンが自分の中にあることを発見したら、ひとつ実験をしてみることをお勧めする。

そのパターンを捨てたらどう感じるか、何が起こるかを観察するのだ。

ただパターンを捨てて、結果を見ればいい。



posted by 音花(おとはな) at 16:07| Comment(0) | エックハルト・トール

2011年01月25日

忘れないように

ゆるすとは、あなたが過去において与えた愛に満ちた思いと、

あなたが与えられた愛に満ちた思いを思い出すことにすぎません。


『テキスト17章』


posted by 音花(おとはな) at 16:05| Comment(0) | ACIM

2011年01月21日

ニューアースその1


身体はとても知的だが、実際の状況と思考の区別をつけられない。

だから全ての思考にそれが事実であるかのように反応する。

ただの思考だとは気がつかない。

身体にとっては不安や恐れという思考は「私は危険だ」ということだから、その通りに反応する。

たとえ温かくて快適なベッドに夜ぬくぬくと寝ていても、である。

心臓はどきどきするし、筋肉は緊張するし、呼吸は速くなる。

エネルギーが湧き出るが、危険というのは頭の中の虚構に過ぎないから、

溜ったエネルギーの捌け口がない。


その一部は心に還流して、さらに不安な思考を生み出す。

残るエネルギーは調和のとれた身体機能に介入して有害に働く。


posted by 音花(おとはな) at 16:03| Comment(0) | エックハルト・トール

2011年01月14日

人種差別

「神の使者」に人種差別を感じてしまうのは私だけなのかな〜。

ああ、このエゴ、どうしたもんだ。



posted by 音花(おとはな) at 16:00| Comment(0) | ACIM